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2005年5月15日 (日曜日)

即興かそうでないか

即興、インプロ、アドリブ、ジャムる...呼び名はたくさんあるが、要は
譜面もなく、その場の流れで各自が自由に演奏をすることについての話。

果たしてどこまで打ち合わせがなされていて、どこからがその場のひらめき
なのか?という議論はいつの時代も付いて回るものだろう。

ただ、例えば、ずっと長い間「この曲はすべて即興なんだ。すごいすごい」
と思っていた曲が、たとえばすべて事前に打ち合わせがなされていて、
(実際には考えにくいけれど)譜面まで用意されていたと分かったときに、
その曲はその人にとって意味をなくしてしまうのか?という話だろう。
僕にとって一番の問題は、そこにある。

「なんだ譜面があったのか、つまらない」と思い、その曲やそのバンドの評
価までが仮に、その人の中で落ちてしまうのであれば、それはその人の聞き
方がおかしいとしか僕には思えない。
逆に、即興だと有り難くて、事前打ち合わせだったら有り難味が薄れるとい
う不思議な固定概念の方が、僕には面白い。

むしろ即興の重要性を語りたいのであれば、各プレーヤーがそれぞれの曲に
対してどれくらいの入れ物を用意しているのか?を、過去の音源から自分な
りに拾い上げて、分析する方がずっと面白いと思う。「なるほどこの展開に
対して、ベースはこのパターンで返したか。あれ?ギターは前の時と違う返
しをしたぞ」という聞き方だ。

もちろん、この聞き方はそう簡単ではない。余程の聞き込みをしていないと
そうは簡単にパターン分類なんて出来るものではない。ただ、本当に即興の
重要性を語るならばその方向性しかないだろうと思う。
そして、いくつかのパターンの中で頻出度が高いものを聞き比べて、「果た
してこれは即興と言えるのか?」と自問出来るところまでいけば、もはや、
即興であるかどうかという疑問は、頭の中には残らないはずだと思う。
(そもそも即興の定義はなんだ?"Dark Star"なんて、1番の歌詞がなくて、
いきなり2番から始まるけど、あれは歌の部分も即興か?という疑問が噴出す
るはずだ)

"So Many Roads"の3枚目に入った"Eyes of the World"にあわせて、腰を振る
愛娘(4歳)の姿を見ながら、ぼんやりと父親はそんなことを考えるのであっ
た。しかし気付かなかったな、このETWは、74年10月のウィンターランドから
の演奏だったのか。うむむむ。まだまだ奥が深いや。

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聴いた音楽」カテゴリの記事

コメント

う~ん。これにコメントできるほど、聞き込んでもいなければ、知識もないのですが・・。
こんな話だったらからんでいけるかな?
以前、トレイの記事をカナダのギターマガジンで読んだとき、
彼は、練習の段階ではたくさんのテクニック、
たくさんの事を考え音を作っていく事に集中するが、
いざステージ上でのジャムは相手の音を聞くとことに尽きる。
と言ってました。
引き出しをたくさん持つことで、緊張からとかれ、
自由になったマインドが素敵な音を引き出しから出してきて、つむぎだすと。

かっこいい!!
あの素敵なジャムのときの飛んじゃった顔は、
そんなミラクルを体験している最中というわけね。

投稿: kay | 2005年5月15日 (日曜日) 20時12分

> 即興だと有り難くて、事前打ち合わせだったら有り難味が薄れるとい
> う不思議な固定概念の方が、僕には面白い。

いてて...耳が痛い。
以前に高中正義さんが、すべてを譜面に落としていて、それを
忠実に見ながらステージを行なっていると聞いて、急激に興味
を失ったもんなあ..
つまり最初の1回はそれでいいのだけれど、毎回、同じであれば
別にライブに行かなくてもCDで十分じゃないかという思いです。

あとは、決まりのフレーズを何度も弾くのもやや興ざめします。
いわゆる手クセギターってやつ。ただ、音をつないでいるだけ
のような気がする。神様と思っていたクラプトンに興味が無く
なったのもこの辺の理由です。意図的にやる場合は別だけど。

Jerryが一緒に演奏するミュージシャンを評するのに、『耳がいい』
という事を言ってましたね。Kayさんが紹介してくれたTreyと同じだね。
あとは、パルコのインタビューだったかで、最初は、アンプや
モニタやPAの調子を試す。次に相手の音を聞く。それらがすべて
うまくいっていると、わかってからやっと自由に演奏出来る..
みたいな事を言ってましたね。
最高の瞬間は、それらすべてを忘れて、音に没頭出来る瞬間
だとも。
コステロがJerryのギターが好きな理由として、今日初めて
ギターに触った人みたいな音を出すから..とも言ってました。

どんなアドリブでも、インプロビゼーションでも、その人の
経験や練習が反映されるのは自明。
Jerryも90年代になってグリスマンと再会した時に、練習して
うまくなりたい、うまくなりたいと言ってましたね。
バンドという共同作業、音楽である以上、キメゴト、ワクは
あると思います。その中でどれだけ自分の思い通りの音が
自由に出せるか、出したいからこそ、自由になりたいからこそ
懸命に練習するのだと思います。
即興であるかどうかという事は、すべてが即興でもあるし、
そうでないかもしれないけど、その瞬間にどれだけ自由に自分
のインスピレーションを表現出来たか、自分を開くことが出来た
かだと思います。
バンドで演奏する時は自分の予想以上の化学反応が起こる事も
あるし、Deadを聞く時は、その瞬間を求めている気がします。

いんすぴれいしょんむうぶみいぶらいとりい!

投稿: ちょーくだすと父ちゃん | 2005年5月17日 (火曜日) 12時41分

>>kayさん

>引き出しをたくさん持つことで、緊張からとかれ、
>自由になったマインドが素敵な音を引き出しから出してきて、つむぎだすと。

カッコイイですね。確かに引き出しの数がたくさんあると、
どんどん、音楽に対して自由になれるのかな?と思います。

ただ、そう書いておきながら、ふと思い出したのは、
B.B.キングですね。あの人のソロって、どれも同じに
聞こえるんですが(例のギュインというチョーキング)、
あの音が聞こえた瞬間に「あ、BBだ」と分かるんですよね。
で、しかも非常に自由なマインドを感じさせられるという点
で、引き出しが一つでもOKな人もいるのかなあ?という、
なんかそんな気もしてきました。まあ、BBクラスは言って
みれば、人間国宝レベルなので、ちょっと特殊なんでしょうが。

あと、名前をド忘れしちゃったのですが、ものすごく上手い
ギタリストで、どんなフレーズだって弾けてしまうのですが、
何故だかまったく評価されずに、数枚のレコードを出した後、
ピストル自殺した人がいました。単純には結論づけが出来な
いですが、彼の場合は、何かが開けていかなかったのでしょ
うね。

音楽って不思議だ。

>>ぜっぷさん

>以前に高中正義さんが、すべてを譜面に落としていて、それを
>忠実に見ながらステージを行なっていると聞いて、急激に興味
>を失ったもんなあ..

ああ、それは確かにつまらなそうですね(笑)。
高中さんは、あまりに同じフレーズばかりで、結構馬鹿にして
いた期間が長かったのですが、陽水の「スニーカーダンサー」と
いうアルバムでのアレンジを聞いて、「うわーただのギターが上
手いだけのおっさんじゃないんだ」と思いました。
でもまあ、高中さんのソロアルバムは聞かなかったですが(笑)。

>つまり最初の1回はそれでいいのだけれど、毎回、同じであれば
>別にライブに行かなくてもCDで十分じゃないかという思いです。

そうですね。いわゆるパッケージショーで、ツアー全体がほとん
ど同じ曲を演奏するだけというのは、もはやつまらないですね。
デッド慣れしてしまった身としては、「もう最初の1回で良いよ」
という気分になります。

>バンドという共同作業、音楽である以上、キメゴト、ワクは
>あると思います。その中でどれだけ自分の思い通りの音が
>自由に出せるか、出したいからこそ、自由になりたいからこそ
>懸命に練習するのだと思います。

賛成ですね。語彙を増やして表現を豊かにしているということ
ですね。

みんなよく勘違いするのは、アドリブなら何をしても良いし、
正解も間違いもないと思い込んでいることじゃないかと思います。
アドリブでたとえ音をはずしてなくても(音階としてミストー
ンを出していなくても)、間違ったアドリブはあると僕は思い
ます。すんごい極論でいえば、ミストーンでもその外しっぷり
がOKということもあるのかな?具体的な例は思いつかないけど。
(89/10/16・"Nightfall Of Diamonds"のショーのUncle John's
Bandで、ブレントが歌い出しのタイミングを間違えるのですが、
ここは何だか微笑ましくて、好きな一瞬です。何故だかジェリー
とボビーがニッコリしている映像が頭の中に浮かんでしまいます。
ああ、話がずれてしまった(笑))。

で、そのソロが正解か間違いかを如実に感じるのは周りのメン
バーだろうなと思います。

フィル本(ああ、感想書かなきゃ(笑))の中にも、もともと
75年の休止期間に終止符を打った出来事は、ジェリーのソロア
ルバム製作中に、ジェリーが(ソロ用の)バックメンバーと仲
たがいしたため、急遽デッドのメンバーをスタジオに集め、数
曲を録音したことだったと書かれていました。
この期間中、それぞれが思い思いのソロ活動をしていたのです
が、久しぶりに集まったメンバーで音を出したときに、「ああ、
これだよ、これ」とフィルは思ったそうです。そして「やっぱ
りこのメンバーでないと」と改めて確信したそうです。

フィル本からついでの話ですが、
80年以降のバンドの演奏について、(ドラッグ渦の影響で)お
互いがお互いの音を聞かなくなってしまい、演奏をしていても
非常につまらなくなってきたという記述がありました。
ただ、お約束のように、決められた演奏曲を、おざなりで演奏
することには、とても耐えられなかったということでしょう。
デッドというバンドの本当の姿だなあと、感心しました。

>その瞬間にどれだけ自由に自分
>のインスピレーションを表現出来たか、自分を開くことが出来た
>かだと思います。

そして、それを周りのメンバーや、観客に上手く受け止めてもら
えたかということが大切なことなんでしょうね。
ああ、なるほどそうか。これって音楽の本質についての話ですね。

投稿: asaden | 2005年5月18日 (水曜日) 11時14分

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