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2004年8月27日 (金曜日)

訃報について

愛娘共々、お世話になっていた(小児科の)先生が亡くなられた。

最後に会ったのは先々月。僕が体調を崩して解熱剤やら鎮痛剤やらを
貰いに行ったのが最後になってしまった。かなりの高齢ながら、いつ
お会いしてもカクシャクとしていて、よく通る声で「食欲はどうです
か?ある?なら大丈夫でしょう。若いんだし」といつも高く笑ってお
られた。

細かいことは話せないが、ここ数週間、僕は死の影におびえている。
そんな折の先生の訃報に、僕のおびえは勢いを増してしまったようだ。

首の後ろが熱くなっているのが分かる。
泣いた方が楽になるのだろうか?
最後に泣いたのはいつだ?
きっと10数年前のあの時。そうだった、僕は車を運転しながら泣き出
してしまったのだ。混乱がピークに達して。
でもあの時は、誰も死ななかった。
そうだった。
結局は、誰も死ななかったのに、僕は混乱して泣き出していたんだ。
ほんの30秒ばかりの間とはいえ。

その後に起こったあの時には、涙は出なかった。ただの一滴も。
死の悲しみよりも、世の理不尽に怒りを感じるばかりだったから。
あの出来事以来、神という言葉を忌み嫌うようになってしまったのだ。
そうだった。

今晩、家に帰って喪服に袖を通したとき。
きっと僕は、自分がおびえていることに、苛立つのだろう。

でもきっと、その時にも、泣けないのだろう。
泣いたところで、何かが良い方に、向きを変えてくれるわけではないこ
とに気付いているという、そんな理由に負けて。

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